国指定の特別天然記念物
早池峰・高山植物
早池峰山及び薬師岳の高山帯森林植物群落
 岩手県の中央部に広がる北上高地。そのほぼ中心にひと際高く聳えるのが名峰といわれる早池峰山です。南に薬師岳、そして峰伝いに東に剣ヶ峰、西に中岳、鶏頭山などを伴って、これらをまとめて早池峰連峰、早池峰連嶺などとも呼ばれています。これらの山々は中生代以降海中に没したことがなく、また噴火の影響を受けたこともないので、更新世における氷期の影響がそっくり残っているというのです。また早池峰山の基岩が蛇紋岩であるという特質もあり、蛇紋岩の高山としては東北地方唯一の存在ということです。その南面斜面は急で崩壊地が下方まで広がり、高地の植物がかなり低い場所まで進出しています。こうした地質的、地理的、地形的な特異性
もあって、植物相も固有種、蛇紋岩植物、本州での南限種、北限種および稀産種などを多く含み、実に際立った特徴を示しています。
 このような学術的価値もあって、薬師岳を含めた早池峰連峰の高山帯は、「早池峰山及び薬師岳の高山帯・森林植物群落」として、国の特別天然記念物の指定を受け保護されています。
 早池峰山の高山植物については、「いわて山あるき」のサイトでも掲載しましたが、再編して、あらためて掲載いたします。
               早池峰連峰の西端 鶏頭山山頂から眺める早池峰山(左)と薬師岳(右)
              視界一帯の高山帯の植生は、特別天然記念物になっています
                       (財)日本自然保護協会発行 「早池峰の自然観察」より引用
        ハイライトは早池峰山の南斜面、南西向き斜面
 特別天然記念物に指定されている区域は早池峰山及び薬師岳の高山帯で広い範囲にわたっていますが、
そのハイライトは早池峰山の南斜面です。ここは急斜面で表土が堆積しにくいのに加えて、特に南西向き斜
面は崩壊地が下方まで広がるので、高地の植物がかなり低位のところでも見られます。こうした蛇紋岩の崩
壊地でよく生育できる植物は限られ、蛇紋岩に含まれるマグネシウムイオンが植物の生育を妨げ、土壌もで
きにくいという特質があります。そういうことで競争相手が少ないために、衰退しつつある植物も生存し
易いわけです。一方早池峰山の北斜面は傾斜がやや緩やかで、山頂近くまで森林帯が発達しています。
薬師岳山頂から眺める早池峰山の南斜面(晩秋)
 ハヤチネウスユキソウ(早池峰山固有種) ナンブトラノオ(早池峰山固有種)……(ピンクの花)
ミヤマアズマギク ナンブイヌナズナ(本州では早池峰山が南限)
ミヤマオダマキ(岩手県内では早池峰山だけ) キンロバイ(岩手県内では早池峰山と焼石岳)
ウコンウツギ(珍しい植物) イワカガミ
チングルマ ミヤマシオガマ
ミヤマキンバイ ハクサンチドリ
   特有な植物が生育し、独特の植物群落が見られる早池峰山
 岩手大学ミュージアム企画展「早池峰山と岩手山の高山植物」(2008/1〜6)では、須田裕岩手大学名誉教授は早池峰山の高山植物に関して次のように解説されておられます。(講演資料より抜粋)

 「ハヤチネウスユキソウ、ヒメコザクラ、ナンブトラノオ、ナンブトウウチソウ、ミヤマヤマブキショウマ、ザラツキヒナガリヤスなどは、早池峰山だけにみられる固有種ですし、ナンブイヌナズナ、カトウハコベ、タカネシバスゲは蛇紋岩地固有の植物で、北海道の夕張岳、戸蔦別岳、アポイ岳、本州の至仏山、谷川岳、白馬岳などの蛇紋岩地のいずれかとに共通しています。また、蛇紋岩地固有とは言えませんが、蛇紋岩地への結びつきが強いホソバツメクサ、ナンブソモソモ、アカエゾマツもあります。
 本州で早池峰を南限とする植物としては、ナガバキタアザミ、チシマコザクラ、ナンブソモソモ、アカエゾマツ、ナンブイヌナズナ、チシマツガザクラ、サマニヨモギがあります。また北限種としては、チチブシロカネソウ、ハリガネカズラ、が見られます。このほかチシマフウロ、エゾノツガザクラ、ミヤマアケボノソウ、ウコンウツギ、チシマアマナなどの稀産種もあります。」
     
    薬師岳は山頂稜線部のほかは深い樹林帯で被われています
                  (アオモリトドマツが主体、、コメツガも混じっています)
       早池峰山の自然・植物研究と環境保全
 早池峰の植物研究は東アジア植物研究で知られるロシアの学者マキシモビッチ氏によって、明治元年から明治12年にかけて行われたのが初めとされています。当時の事情から、外国人が日本に渡って行動できたのは逗留した函館から10里以内ということになっていて、実際の植物採集を行ったのは現地で氏の知遇を得た岩手県紫波町出身の須川長之助という人でした。マキシモビッチ氏は帰国後も彼に依頼して、岩手県内ばかりでなく日本各地の採集を命じ、そのさく葉標本をロシアに送らせていたのでした。その中には極めて珍しいもの、あるいは新種も出て、日本の植物相の輪郭が次第に明らかにされてきたのです。「南部」すなわち岩手県で採集したもののうち珍しいものを数種あげていますが、後日その珍種の採集地が早池峰山であることが判明・確認され、以降多くの学者・研究者が訪れるようになりました。
 今日早池峰山の自然・植物に関する研究は深められ、書店や図書館などに行くと、多くの文献・図書・写真集が目に入ります。また植物のみならず、その威厳に満ちた山容や地域の伝承民俗・芸能などが人々の心をひきつけ、近年その訪問者・入山者は増えています。その増加に伴う社会問題も起こっています。
 早池峰山をめぐる学術的な指定や環境保全のための法的制定については下記の経緯を辿っています。ご覧の通り、当初は珍しい高山植物の保護が目的とされましたが、早池峰一帯の原生自然地域の貴重性がわかってきて、自然環境全体の保護へと広がってきています。

 
 ○1928年(昭和3年)  河原の坊のコース上部40ヘクタールの国有林が高山植物の発生が良好とされ、
               早池峰高山植物帯天然記念物
に指定される。
   ○1957年(昭和32年) 前記区域がそのまま特別天然記念物に昇格指定される。
   ○1961年(昭和36年) 早池峰の連嶺及び薬師岳を含む一帯、5871ヘクタールが早池峰県立自然公園
                 指定される。
   ○1974年(昭和49年) 早池峰高山植物帯特別天然記念物としての指定区域が狭小過ぎるため、当初の
                 40ヘクタールからおよそ1362ヘクタールに拡張し、指定される。
   ○1975年(昭和50年) 早池峰北側中腹、石合沢(アイオン沢)の海抜1000〜1100m付近にアカエゾマツの
                 自生地があり、 アカエゾマツ自生南限地天然記念物に指定される。
   ○1975年(昭和50年) 早池峰連嶺の北側山腹のうち、西寄りの約1370ヘクタールが、環境庁により早池
               峰自然環境保全地域
に指定される。
   ○1982年(昭和57年) 早池峰連嶺および薬師岳連嶺を包含する5463ヘクタールの国有林が国定公園
                 指定され、同時 に早池峰県立自然公園の指定は解除された。
   ○1990年(平成2年) 早池峰高山植物帯特別天然記念物区域に、薬師岳・小田越区域1500ヘクタールを
                 加え、計2570ヘクタールが、早池峰山及び薬師岳高山帯・森林植物群落特別
              天然記念物
に指定される。
   ○1993年(平成5年) 早池峰山・薬師岳一帯(8144ヘクタール)が、森林生態系保護地域に指定される。