秋には錦織り成す
荒谷のイロハモミジ
 カエデとモミジ。植物分類上はその区別はなく、「モミジ」
は、数多いカエデの中の、一部品種の名称です。モミジは
紅葉するカエデの代表とも言えます。
 そのカエデの類で、岩手県内で天然記念物に指定されて
いるものは8件登録されています。いずれも市・町が指定し
ているもので、そのリストは次のようになっています。
 久慈市の「傘楓」、葛巻町の「チリメンカエデ」、紫波町の
「オオモミジ」、同じく紫波町の「イロハモミジ」、奥州市の
「羽田八雲神社のイロハモミジ」、同じく奥州市の「荒谷の
イロハモミジ」、陸前高田市の「龍泉寺のモミジ」、一関市の
「イロハモミジ」、この8件です。
 それらを訪ねてみました。そこでわかりましたが、紫波町
の「オオモミジ」と「イロハモミジ」は枯死・損壊または伐採に
よって現存しませんでした。また、陸前高田市の「龍泉寺の
モミジ」は2011年3月の大津波の被害を受けて、裸木の状態
になっていることもわかりました。
 (一関市の「イロハモミジ」はまだ訪問していません)。
 これまで訪問し確認できた5件について、写真でその姿を
紹介します。
    荒谷のイロハモミジ     (奥州市指定の天然記念物
 所在地 奥州市前沢区生母字荒谷1
       このモミジは旧家の庭園の一角にあって、天然記念物に指定されているのは2本です。看板にある
       解説から推して、老いた方のモミジの樹齢は600年程となりますが、そちらの方は幹が大分痛んでい
       るのが認められます。一方若い方は樹齢300年程ということになりますが、そちらは隆々として、壮健
       な姿を見せています。
        ここは北上川に近いところにあり、家人のお話では、江戸時代にはここで育てた多くのモミジの苗木
       を、舟便で盛岡方面に出荷していたようだということです。DNA鑑定などをやると、ここをルーツとする
       イロハモミジが盛岡方面で多く見つかるかもしれません。
        紅葉の見頃は老いた方のモミジは11月10日頃、若い方は少し遅れて11月20日頃と言います。遅い
       方は京都のモミジ紅葉の時期とちょうど一緒になるということです。
            庭園内にあるこの池、紅葉の時期には錦模様が万華鏡のようになるそうです。
        雨が降ると葉が下を向いて、あたかも龍が玉をつかむ様子に似ていることから、通称
          「竜の玉つかみ」と呼ばれています。
                      
           こちらは同じ時に撮った老木の方です。たしかにこちら方が紅葉は早いようです。
イロハモミジは葉が小さいので、紅葉も繊細に見えます。
                   緑の姿をスケッチ
           古木であることはたしかですが、こちらはまだ隆々としています。
            こちらは大分くたびれた姿をしています。やがて世代交代でしょう。
イロハモミジは仲間のヤマモミジ、オオモミジより葉が小さく、繊細な感じを受けます。
     羽田八雲神社のイロハモミジ   (奥州市指定の天然記念物)
所在地 奥州市衣川区羽田町字栗の瀬
北上川の土手下にある神社を守るように、どっしりと構えています。
緑の姿をスケッチ
      
    イロハモミジの葉

 イロハモミジの葉は小さく、長さ3.5〜3.6
センチ、幅3〜7センチ程。その代わりに枝
につく葉の数は多い。
 葉には深く切れ込んだ細長い列片があり、
列片の数は5〜7個で、「いろはにほへと」と
数えたのがその名の由来とされています。
 紅葉の時期になると、葉の色が緑から黄色、
そして紅色と変わっていきますが、葉の場所
によって色の変わる時期にずれがあり、美し
い錦模様を楽しむことができます。
    傘楓  (久慈市指定の天然記念物)
所在地 久慈市大川目町22-62 慈光寺
         参道の杉並木が天然記念物に指定されている久慈市の慈光寺では、本堂前の節くれ
          だったモミジの古木も市の指定する天然記念物になっています。こちらはオオモミジで、
          別名ヒロハモミジと言われているように、イロハモミジよりも葉が大きく、分布は北海道、
          本州の太平洋側山地の樹種の主役をなしています。イロハモミジ同様、上方の枝を大き
          く横に広げて、葉の重なりを減らし、光を受けるのに都合のいい樹形をしています。この
          傘楓も、枝葉を横に広げています。
                 「傘楓」は慈光寺本堂前にどっしり構えています。
                     立て看板には次のように解説されています。


                    久慈市指定天然記念物 傘楓
          [解 説] 本樹は幹や枝にコブがみられ、四方に張った枝は自然に垂れている。
                   うねり曲がった幹や、垂下する枝ぶりは見事であり美しい。全体が傘を
                   広げたような樹形であることから傘楓と称されている。オオモミジはカエ
                   デ科に属し、山地によくみられる。カエデ科の中にはカエデとモミジの二
                   種類の名がみられるが、両者に分類上の区別はない。 
            [樹  種] カエデ科目オオモミジ
            [計測値] 胸高周 2メートル90センチ 樹高 3メートル80センチ
            [推定樹齢] 約480年(計測値、樹齢は指定時の数値)
            [指  定] 昭和55年11月1日
                                           久慈市教育委員会
    チリメンカエデ   (葛巻町指定の天然記念物)
所在地 葛巻町葛巻49-26
           葛巻町教育委員会発行の「葛巻町文化財地図」には、「藤岡家曲り屋チリメンカエデ」
          として載っており、旧家の庭の一角にあったものと思われます。いまはその家屋はなく、
          更地の中に佇んでいます。
         葉は深く切れ込んで、列片は針の様に細くなっています。自生するカエデにこのようなものは
        ありませんので、園芸種の一種と思われます。それにしてもこのような古木は珍しいですね。
        龍泉寺のモミジ (陸前高田市指定の天然記念物)
所在地 陸前高田市気仙町愛宕下
                残念ながらこの姿はもう観ることはできません。
     以下の写真は2009年8月に現地を訪れ撮ったものです。しかし2011年3月の東日本大震災の
      大津波で被害を受け、寺の建物は流失し、モミジは幹だけの裸木となってしまいました。いま
      は写真で観るだけですが、由緒ある龍泉寺の文化財を失ったことは返す返す残念でなりませ
      ん。
           このモミジはヤマモミジで、1987年(昭和62年)の指定時点で推定樹齢300年
            以上とされてきました。人手によるものではなく、自然のままの姿で、見事な傘状
            をなしています。地元の人からは「からかさもみじ」と呼ばれ親しまれてきました。
            龍泉寺は陸前高田市内にある名刹曹洞宗・普門寺の末寺の一つとして
              開設されていますが、この地に移転(寛文年間 1661年〜1673年)してか
              ら300年以上経っています。それが2011年3月の大津波で、ことごとく流失
              してしまいました。
                     
                    いまは山の斜面の墓地が残るだけ……
            下の写真は大津波の被害を受けた2年後(2013年3月)の姿です。龍泉寺
              は本堂、庫裏など全て流失し、辛うじて位牌堂がわずかに形をとどめている
              だけです。山の斜面の墓地だけが残されました。300年以上の歴史を有する
              寺の文化財も全て失われてしまいました。
               その後の更地に立つモミジの姿が、なんと痛々しいことでしょう。
          地元の造園業者さんが、この樹の蘇生・再生を願って、ボランティアでいろいろ
            手をかけてがんばっておられると聞いております。枝先から小枝が出ているのは、
            それに応えているかのようです。
              いつの日か、また雄姿を見せてくれることを願ってやみません。
                 「カエデ」と「モミジ」についての豆知識

         カエデ科カエデ属は世界に約150種あり、日本には26種が自生しているといいます(数について
          は諸説あるようです)。カエデの種類は全国で一般に見られる樹木で、その数多いカエデの仲間
          の中で「モミジ」の標準和名がつくのは、「イロハモミジ」、「オオモミジ」、「ヤマモミジ」、
          の3種です。
           この「モミジ」のいわれですが、「(草木の葉が)黄や赤に変化する」という意味で万葉時代に使
          われた「もみつ」、そして後代にそれが濁って使われた「もみづ(ず)」からきているようです。
          「もみじ」は「もみじば」、すなわち、「紅葉した葉」の短縮された名詞と見なされています。
           その代表として、イロハモミジなどのカエデを、「モミジ」とよんでいるわけです。造園や園芸など
          観賞を主とする分野では、葉の切れ込みの深いカエデを「モミジ」、そうでないものを「カエデ」とよ
          び分けているようです。
           モミジの代表とも言えるイロハモミジは、小さな葉をたくさん付けた枝を多数伸ばし、紅葉が美し
          いことから庭木や公園樹として広く植栽されています。その自生分布は、福島県以南の太平洋側、
          四国、九州で、岩手県内にあるものは植栽されたものです。
           オオモミジはイロハモミジより葉が大きいモミジで、自生分布は北海道、本州の太平洋側(福井
          県以西は日本海側にも分布)、四国、九州に分布し、山に入ると普通に見ることができます。
           ヤマモミジは本州の北陸以北の日本海側に分布するもので、葉の形に変異が多く、イロハモミ
          ジ、オオモミジ、コハウチワカエデなどとよく似て、識別に悩まされることがあります。
           岩手県内の丘陵地や山で見かけるカエデとしては、ヤマモミジ、イタヤカエデ、ハウチワカエデ、
          ウリハダカエデ、ミネカエデなどがあげられます。
           カエデ科の樹木の果実は2個の分果からなる翼のついた果実で、風によって遠くに運ばれるよう
          になって
います。