毎年多数の花をつける
大船渡の三面椿
 岩手県沿岸南部の大船渡市は、太平洋沿岸としては日本に自生
するヤブツバキの北限とされ、市内ではツバキが随所に見られ、
市の花にも指定されています。それらツバキの中で、岩手県が天然
記念物に指定する「大船渡の三面椿」は太い老木で、一見に値し
ます。
 ツバキはサクラと並んで日本を代表する花または花木とされてい
ますが、北海道では自生せず、東北・関東での自生は沿岸部だけ
で、北国ではツバキは一般になじみの薄い存在です。そんな中で
大船渡のツバキは、当地が温暖な気候であることを如実に語るも
のであり、その象徴にもなっています。
 一方ユキツバキはヤブツバキの変種とみられていますが、日本
海側の山地多雪地帯に分布しています。岩手県内では奥羽山系
の一部山地で見ることができ、天然記念物に指定されているものも
あります。
 花の時期を見計らって、「大船渡の三面椿」と、西和賀町の天然
記念物に指定されている「沢内の雪つばき」を訪れてみました。
      大船渡の三面椿   岩手県指定の天然記念物
 所在地 大船渡市末崎町字中森(熊野神社境内)
       観光地として有名な碁石海岸の少し手前に熊野神社があり、その境内の一角に大きな老大木の
      「大船渡の三面椿」があります。熊野神社は古い由緒ある神社で、かつて社殿の東、南、西の三面
      にツバキが植栽されていたとされますが、現在残っているのは東側のツバキだけです。三面椿と名
      称された所以です。高緯度の地方にあるツバキの大木として、価値あるものとされています。現地の
      説明盤によると、このツバキは樹齢1,400年以上ということで、日本最古のものとされています。
       いま見ても複数本の太くて立派な幹をもつ壮観なツバキですが、昭和45年(1970年)の台風で大き
      な支幹の1本が折損し、平成14年(2002年)の台風では主幹が2本折損し、樹形の半分が失われたと
      いうことです。それらが残っていれば、さぞや壮観と惜しまれます。
       たしかにそれ以前の写真と比較してみますと、株の広がりに大きなちがいがあります。
花の時期は3月下旬〜4月中旬)
                 危うかった「三面椿」
      2011年3月11日の東日本大地震による大津波では、当地域でも甚大な被害を受けました。
       「三面椿」のある熊野神社付近は入り江になっていますが、津波による海水は神社の鳥居
       付近まで押寄せたといいますから、間一髪でした。
   碁石海岸に向う道路上から撮った熊野
   神社境内。「三面椿」は右端に潅木状に
   見えます。津波の波は鳥居石段のところ
   まで達したということです。
   神社境内から海の方を眺めています。
   下の方の人家や施設はすべて押し流され、
   がれき処理が進められています。
            (2011年7月)
                    世界のツバキも観賞できる
                  世界の椿館・碁石

        すぐ近くの碁石海岸には、「世界の椿館・碁石」があります。ヤブツバキ、ユキツ
         バキ、ヒメサザンカなどの日本の原種や、それらの園芸品種はもちろん、世界の各
         種ツバキも集められ展示されています。
          開設は1997年5月で、13カ国約200種が展示されましたが、現在(2013年4月)で
         は13カ国450種にも上っています。
         開花時期は10月上旬〜4月下旬で、最盛期は1月〜3月とされています。ツバキの
         里にふさわしい施設で、ツバキ愛好家には必見の椿館です。
         館内には「郷土の椿」「原種椿」「早咲き椿」「江戸椿十景」「花形十景」「珍椿花」
          「変わり三景」「海外産の椿」
などのコーナーがあり、観ている期間を忘れてしまいます。
        越喜来の株椿  大船渡市指定の天然記念物
 所在地 大船渡市三陸町越喜来字小泊
      大船渡と合併前の三陸町では町内各地にツバキが見られ、町の花は「椿」と決められて
       いました。その代表的なものとしてこの「株椿」が町の天然記念物に指定され、それが受け
       継がれて大船渡市の指定する天然記念物になっています。東北大学の三陸地震観測所の
       すぐ手前にあって、小高い最高の日当たりに恵まれたところに立地し、写真でご覧の通り、
       株状に生えた幹はじめ樹勢は旺盛で、将来さらに大木となって名所になっていくものと思わ
       れます。
        旧三陸町教育委員会発行の「三陸町の指定文化財」によると、越喜来湾奥に少し突き出た
       この場所は、越喜来成立の歴史に大きな役割を果たした多田民部の居城「平田城」があった
       ところで、五百年前の時代には、進駐してきた新沼綱定を多田氏が迎え撃った古戦場でもあ
       るということです。
        このツバキもそんな歴史と同居して今に至っていることを思うと、その幹をなでてやりた
       くなります。
    沢内の雪つばき   西和賀町指定の天然記念物
  所在地 西和賀町太田西山一円
        ヤブツバキが南の温暖な気候のところに分布しているのに対して、その変種とされる
        ユキツバキは秋田県から滋賀県北部に至る日本海側の山地の多雪地帯に分布してい
        ます。岩手県内ではここで紹介する「沢内の雪つばき」の他、同じく西和賀町の「越中畑
        のユキツバキ群生地」、岩手県指定の天然記念物にもなっている「胆沢川流域ユキツバ
        キ群落」などが
知られています。
        西和賀町沢内・太田の浄円寺裏手の山で見かけたユキツバキ(5月中旬)。
         ユキツバキはブナ樹林下にまるで下草のように生え、幹は深雪に耐えるた
         めに立ち上がらず、地を這うように広がるのが特徴です。
          結実して種子を出すことは稀で、多くは伏状更新で個数を増やします。


               ユキツバキ最初に発見の地 猿岩
          いまは胆沢ダムができて水没してしまった奥州市胆沢区の石淵ダム。そのダムから
         上流に向って左側約1.5キロにところに猿岩があります。猿岩は石英安山岩の柱状節
         理を成す一大岩峰で、ダム湖対岸から眺めるとサルの横顔に似ていることから、その
         ように名づけられたものと思われます。(たしかにサルの顔に見えますね)
          日本で最初にユキツバキが発見されたのは、実はこの猿岩の背後斜面に広がるブ
         ナ林下の群落で、当初は発見地である猿岩の名を取り、サルイワツバキと命名されま
         した。その後日本海側の深雪山地のブナ林下に分布することが判り、現在はユキツバ
         キに改めれらましたが、図鑑などでは、別名サルイワツバキとの解説もされています。
          この地のユキツバキ群落は5月下旬〜6月上旬にかけて真紅の花を咲かせ、かつて
         は「猿岩ユキツバキ群落」として岩手県の天然記念物に指定されていました。その後対
         岸地域のブナ林にも分布していることが判明し、名称は「胆沢川流域ユキツバキ群落」
         と改められました。
           現地でのユキツバキの姿はまだ確認していませんので、確認次第掲載する予定です。
左草のナツツバキ    西和賀町指定の天然記念物
    所在地 西和賀町左草
        ナツツバキはヤブツバキ、ユキツバキと同じくツバキ科の樹木ですが、ツバキ属では
       なくて、ヒメシャラ同様にナツツバキ属に属するj落葉高木です。植物分類学上は遠戚と
       いったところです。本州では新潟・福島以南に、そして四国、九州に分布しています。
        この西和賀左草のナツツバキは胸高幹周り194cmということで、大きさでは県内随一
       の名木とされています。花は7月上旬〜中旬が見頃ですが、1年おきに見事な花をつけ
       るといいます。
        ナツツバキはすっかり葉が茂った時期に花が咲きますので、花は葉の間に見え隠れし
       ながら、ここに1つ、あそこに1つと言った具合で、このような大木になると、下から見上げ
       てもなかなか花は見つかりません。しかも花は次から次へと咲いていきますが、その1個
       1個の花は、たった一日で終わってしまうので、サクラのような満開の時期は定かであり
       ません。
        それにしてもこの年(2012年)は花が少なく、家人にうかがったところ、やはりこんなに
       花が少ない年は近年なかったそうです。豊かに咲いた姿の写真が得られ次第。追加して
       いくことにします。
          花の時期ですが、この年は花は少なく、下からはポツポツ見えるだけです。
               花が咲いているという「アリバイ」はあります。
     ナツツバキは成木になると樹皮はところ
    どころ薄くはがれて、美しいまだら模様を
    見せます。
     樹勢旺盛ですが、老木の様相も呈しています。
    回りの根元周辺を土盛りして、保護している様子
    がうかがえます。
                 ナツツバキの花
         ナツツバキの花は5弁花でツバキに似ていますが、丸い花弁の縁の細かな
          ギザギザが特徴的です。
翌年(2013年)はよく咲きました
樹冠いっぱいに花、蕾が付いていますが、花は一日にして、次々にポタポタと落ちてしまいます。
                ツバキの豆知識

       ツバキは西南日本の照葉樹林を表徴する常緑樹で、日本人とツバキの関わりは古く、
        材は硬いことから、石斧の柄などに用いられた形跡が残っています。種子からは椿油
        が採取でき、食用油や頭髪油などに利用されてきました。
         ツバキ科ツバキ属は日本には3種自生しています。ヤブツバキ、ユキツバキ、サザン
        カはツバキ属の仲間で、中国から入って栽培されているチャノキ(茶ノ木)も、同じくツバ
        キ属の植物です。
         ツバキは古くは観賞花としてよりも、霊力をもつ神秘の樹木として崇められてきたよう
        です。冬になっても葉の落ちない常緑樹には魔力があると信じられていた常緑樹崇拝
        の影響によるものと思われます。鎌倉時代になって中国から伝わった禅の影響を受け
        て、茶道や華道が流行し、庭づくりが盛んになるに伴い、ツバキは庭木として急速に武
        家、公家、僧侶の間に広がっていきました。また茶の席に生けられる花としても茶人の
        心をとらえ、茶花としても欠かすことのできない存在となりました。
         こうして日本原種のヤブツバキ、サザンカ、そしてそれらの雑種や変種から数々の品
        種が開発され栽培されていきました。京都から江戸に政治の中心が移るとともに、ツバ
        キの流行も江戸へと広まり、ツバキ愛好熱は元禄時代に頂点に達し、改良された多くの
        園芸品種が出回りました。
         その後ツバキ園芸は下火になり、戦前まで低迷してしまいますが、戦後ツバキへの関
        心は海外でも高まり、今日では江戸時代を越えるほどの人気を集めています。外国産の
        ツバキは日本や中国から渡ったヤブツバキをもとに生み出されています。外国では八重
        や牡丹咲きのものが好まれるようです。
         ツバキの名所は全国に多くありますが、東北地方ではヤブツバキの日本海側北限とし
        て自生する男鹿半島南部“能登山”の群生地がよく知られています。また青森県陸奥湾
        の中ほどに突き出た夏泊半島の北端夏泊岬には、ナツツバキの自生北限地と知られる
        椿山があります。どちらも国の指定する天然記念物になっています。これらは世界のツ
        バキ属の北限ともされています。
         また秋田県仙北市田沢湖町院内国有林内には、脇田県が天然記念物に指定している
        「ユキツバキ自生北限地帯」があります。山をおおうユキツバキの群落は圧巻といいます。