細身で枝の垂れる
玉山のシダレアカマツ
 アカマツと言えば岩手県では「南部アカマツ」で知られ、県を象徴する県木にも定められています。真っ直ぐに伸びて,、枝を広く広げる恰幅のいい姿を思い浮かべ、また庭木などの枝振りのいいアカマツを思い浮かべます。
 そんなアカマツにも、枝が垂れるシダレアカマツがあるというので訪ねてみました。盛岡市玉山区にある、岩手県が天然記念物に定めている玉山のシダレアカマツです。里山の牧場脇の傾斜地にありました。なるほど、全ての枝が垂れて、ほっそりとしたアカマツです。「ここだよ、ここだよ」とばかり、すらりとして姿で立っています。
 枝が傘型をしたシダレアカマツは目にしたことはありますが、このようなほっそりして見事に枝が垂れているアカマツを目にするのは初めてです。このようなアカマツは本州の中部や西部、あるいは朝鮮半島にもあることが判っているそうです。 
    玉山のシダレアカマツ     (岩手県指定の天然記念物
 所在地 盛岡市玉山区大字玉山字祝の沢30-20
      どうしてこのような姿の変種ができたのでしょう。学説はありませんが、こんなことも
       想像もできませんか。すなわち、これはマツの雪対策の進化ではないかと……こんな
       にしだれた枝なら、雪が降ってもすぐ落ちてしまうでしょう。そこに積もることなく、それ
       こそ柳に風と、降る雪を受け流すことができるわけです。雪の重さ、圧力から解放され
       ます。アカマツくんも考えたものですねえ……(ここだけの珍説です)。
        ほんとうに不思議な姿のアカマツです。
                       
    光円寺のシダレアカマツ   紫波町指定の天然記念物
所在地 紫波町南伝法寺字高木1-1 光円寺境内
      こちらのシダレアカマツは、傘型に枝が張って、それらがしだれています。支柱の細工も大変です。
    好地のシダレアカマツ  (花巻市指定の天然記念物)
所在地 花巻市石鳥谷町好地
      大きなアカマツで、垂れ下がった枝を支える支柱がここでもいっぱい。小枝が地面を這うように
      伸びています。
       米田のシダレ赤松    (軽米町指定の天然記念物)
  所在地 軽米町大字小軽米24-66
      こちらのシダレアカマツは「玉山のシダレアカマツ」と同じような枝の垂れ方をしていますが、
      枝の垂れ方は玉山の方が顕著のようです。解説板には目通り周4.40m、根元周5.50m、
      樹高25m、樹齢370年(平成10年時点)と説明されています。シダレアカマツとしては岩手県
      内一の太さ、高さを誇っています。
               
                    「マツ」についての豆知識
        
       マツはマツ科マツ属の樹木の総称で、日本に生えるマツ科マツ属にはアカマツ、クロマツ、
        ゴヨウマツ、ハイマツなどがあります。トドマツやカラマツは「マツ」と名前がついていますが、
        植物分類上はマツ属の樹木ではありません。
         アカマツはクロマツと共に日本ではかかわりの深い樹木で、建材としては耐久性、耐圧性、
        耐水性に富み、昔から建築の梁や棟木に用いられた優れた構造材です。日本の木造建築
        は寺社、宮殿、民家を問わず、マツによって建っていると言ってもいいでしょう。樹脂分に富
        むことから水中での耐久性があって、土木材としても多く使われています。
         燃料としても優れた特性を備え、かまどや風呂の燃料としてよく使われてきました。火力が
        強いことから古くから製塩用、鍛冶屋でもアカマツの木炭が使われました。また火をつけると
        一気に燃え上がり、熾(おき)をつくらず灰を残さないことから、陶器窯の燃料ともされてきまし
        た。備前焼などにはどうしてもマツが必要なものとされています。
         庭木としても重用され、庭の中心に据える主木や庭の背景を飾る景観木には昔からマツ、
        それも樹肌がきれいでやさしい感じのするアカマツが使われてきました。このアカマツには幹
        や枝からは芽を出さないという特性があり、新芽を欠かれたり毛虫が食べてひとたび葉を失う
        と、その枝葉の部分は枯れてしまうというデリケートなところをもっています。マツの素人剪定
        は要注意です。
         マツについてさらに忘れてならないのは、昔から地域の先覚者たちがアカマツやクロマツを
        海岸砂丘に植林し、防風・防災の松林を造ってきたことです。岩手県・陸前高田市の高田松
        原や秋田県・能代市の風の松原に行ってみますと、植林造成された松林の規模の大きさに
        は圧倒され、先人の高邁な理念と英知・熱意には頭が下がるばかりです(高田松原はアカマ
        ツとクロマツの混交林、風の松原はクロマツ林。ただし残念ながら陸前高田市の高田松原は
        2011年3月11日の大津波で壊滅、消失してしまいました)。
         このようなアカマツが、現在大きなピンチに立たされています。マツノマダラカミキリが仲介
        するマツノザイセンチュウによる松枯れ病の被害が全国に広がり、その被害が岩手県までき
        て、北上しつつあるのです。被害を受けたマツは不治の難病に罹ったのと同じで、伐採・駆除
        するしかないのです。この松枯れ現象は明治時代に九州で見られ、戦後中国地方、関東地方
        で蔓延し、岩手県には昭和54年以来県南に発生し、目下北上しつつあります。写真で紹介し
        た光円寺のシダレアカマツと好地のシダレアカマツが、共に茶色の枯れ葉が目立ち、樹勢が
        いまひとつ冴えないのは気になります。
         庭木はもちろん里山の樹木も、人手を加えてはじめて健全な生育と環境保持がはかられま
        す。ところがいまは里山の樹木は燃料とされることもなく、他に利用される術もなく、荒れるに
        任されています。これではマツ林も荒れ果て、マツは抵抗力を失っています。
         蔓延する松枯れ虫病は、人間がマツを利用しなくなり、里山やマツ林を荒れるに任せている
        ことへのしっぺ返しではないでしょうか。同じことは、ナラ枯れについても言えます。最近全国
        各地で、ナラの樹木が秋の紅葉期を前にした夏場に葉を赤くして落とし、どんどん枯死してい
        くのです。
         昔のように里山に人手を入れて、尊い林産資源を有効に活用することこそが、有効な対策
        なのではないでしょうか。